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「書を捨てよ、町に出よう」
…なんて内容はどうだろうかと、
「コラムはまだか」という梟の取り立てを尻目に
一時考えたのだけど、
調理係のレシピ本が出版されてまもない頃だったので、
タイミング的に堂々発言できる言葉ではない気がして
一時断念。
なんといってもノミの心臓なので。
しかしブックセンターのイベントで調理係本人の
話を聞いて、「あ、これは大丈夫だな」と判断できたので、
今回は「書を捨てよ、町に出よう」でひとつ。
突然だが、
私のもとに十一年前に生まれた子供はたいそう
変わった子で、彼にはずいぶん翻弄された。
今となっては笑えるしネタとしても面白い話が
山盛りなのだが、その頃はほとんど笑えず
(「ほとんど」は、まあ大袈裟だけど)。
笑えないどころか何度も枕をぬらし、
どうしてこんなに寝ないんだろう?
どうしてこんなに癇癪をおこすんだろう?
どうしてどうしてとよその子と違うたくさんのことに
私は頭を抱えて、山のように子育ての本を読んだものだ(懐)。
しかし、何かに悩んでその答えを必死に求めても、
本はすぐには何も答えてくれないことが多い(気がする)。
どうやら本は、恋愛のごとく、
思いもかけない時に突然心を掴んだり、
時間差でじわじわと人の中に入り込んでいくのが好きらしい。
ある時、絶望に近い出来事があり、
同じ頃、ある一冊の本と出会って、
これからはもう本じゃなくて、
子供そのものを見ようと決心した。
それから私の悩める子育てはずっと自由になった気がする。
子供は案外丈夫だし、思うよりずっとたくましい。
調理係がイベントでのパンの実演で、ボールに粉を
計らずに入れて、さらに何度か生地に触れながら
これまた計らずに水を足していき、グラムではなくて、
粉の状態を見ながら、五感でパンを作れと言った。
気候や温度、地粉の種類、さらに作る人の違いによっても、
地粉のパンは生きているから同じようにはできない。
だから、生地の状態をよく見て作るしかない。
子育てを通じて、
自分で見て感じたものを信用することがいかに大切かを
身にしみて感じていたので、計らないで作る地粉のパンの話は、
実にすんなり自分の中に入ってきた。
私は今日も相変わらず未熟で感情的でだらしない母親で、
子供にしょっちゅう説教されながら、
子供に怒られるのは、なんて気持ちがいいんだろうと思っている。
ちなみにマゾな訳でも、気が狂っている訳でもない。
あんなに手のかかった子供が、
自分に説教できるほどしっかりしてきていることを、
自分の個性に自信をもち、
自分の考えと言葉で伝えようとしている姿を、
日々喜んで眺めている。
これからも色々大変なことはいっぱいあるのだろうけれど、
それは子の成長にもれなくセットされているものだと
割り切って乗り越えるしかない。
行き詰った時にこそ、
書を捨てて、まわりをしっかりと見てみる。
意外とすぐ近くに手を差し伸べてくれる人がいたり、
吹く風が何かを教えてくれたりするものだから。
そしてそんな時にこそ、
運命の本と出会ったりするんじゃないかと思っている。
今日のまとめ。
「本との出会いは恋愛のごとし。
子育ては地粉のパン作りのごとし」
文・高多留美
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